くまくまふぁいんだー

いつまでも超アマチュアカメラマンのBlog

岐阜かかみがはら航空宇宙博物館4(岐阜県各務原市)

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Canon EOS 5D Mark III / EF17-40 F4L USM / ISO2500

つづきです。

kuma-photo.hateblo.jp

 もう少し【A2 戦前・戦中の航空機開発】エリアから。

この大きなエンジンはアメリカ本土爆撃を目論んだ大型爆撃機「キ91」用に開発された日本初の空冷18気筒エンジンです。輝く冷却フィンがキレイです。

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Canon EOS 5D Mark III / EF17-40 F4L USM / ISO2500

三菱「ハ42」というエンジン。2,500馬力前後の大パワーを目指しただけあって、大きな過給機や見た目のボリュームも栄などの1,000馬力級とは桁が違いますね。

三菱では、これをも超える「ハ50」という超大型戦略爆撃機富嶽」用として、3,000馬力級エンジンも開発はされていました。 

kuma-photo.hateblo.jp

過去に大和ミュージアムで栄三一型を見たことがありました。

日本のエンジン開発は進まず、日本が1,000馬力級のエンジンでの限界性能を追及しているときに、アメリカでは既に2,000馬力級の高出力エンジンで余裕を持って戦っていました。

開戦序盤では優勢だった航空戦力も、中盤以降は次第に劣勢となりました。

戦闘機ではアメリカの新鋭機や戦局に合わせた火力と防御の強化が重量増加の原因となり、エンジン出力で劣る日本は我慢の戦いとなりました。

やがて、2,000馬力級の「ハ45(誉)」が開発され、やっと対等に渡り合える「紫電改」や「四式戦闘機」が誕生したころには既に勝敗は決していました。

大型の爆撃機に於いても同じで、既にアメリカはB-29等で高高度を飛行して日本本土に迫っているときに、当時の日本の基礎工業力では高高度を飛行するための過給機を備えた大出力のエンジンも与圧キャビンも技術が無くて、大型機のアイデアはあっても形にすることはついに出来なかったんですね。

つづく。